Home
メニュー

【レイプ】義父に無理やり犯され、何度もイカされ、3人の子を生むことになった

美弥子さん(30代)からの投稿
----

美弥子と申します。

31歳の主婦です。

突然ですが、諸般の事情のため、仮名であることをお許しください。

これは、私の懺悔の気持ちです。

私は小さい頃から、謙虚で清純な人柄を持って生きてきたつもりです。

ですが私は貞淑な妻…いえ、ひとりの人間として、不貞の女に堕ちてしまいました。

こんな事をここに記しても、私が許される訳ではありませんが、せめて気持ちの整理にだけでもなればと思い、記します。

私は、18歳年上の某市議会議員を夫にもつ専業主婦です。

ちなみに私の母は元モデルです。高校時代にファッション誌のモデルをして、大学生になってからは七年ほど、主にレースクイーンの活動をしてました。

二輪や四輪のレースや、モータースポーツ関係のショーイベントで、華の存在として人気を博していたそうです。

一度だけですが写真集も出して、その男性カメラマンと恋に落ちて、私を妊娠したのを機に引退し結婚しました。

その母の写真集を見ると、細身なのに豊かなボリュームがある、まるでコークボトルのようなメリハリの女性的な体型です。

チャームポイントは、瞳と黒いロングヘアでした。

顔は全体的に、島崎和歌子さんや小島瑠璃子さんによく似た感じです。

一方で私の容姿はと言うと、当時の母と全てがソックリで、周りからも若い頃の母と瓜二つだとよく言われます。

そのためか、両親の人脈(いわゆるコネ)を通じて、高◯時代から大学時代にかけて、モデル業界から幾度かスカウトを頂いたことも有りましたが、政治や公務的な仕事に憧れていたので、その道には進みませんでした。

親元を離れて関東の私立大学に入って、ようやく恋愛の機会も生まれ、幾人かの男性と恋愛しましたが、上手くいかず破局続き。

私は、『鉄の女』と陰で揶揄されたほどガードが堅く、キス以上の発展を許さない、いわば恋愛下手な女だったせいもあるとは思いますが。

政治部の記者になろうとリクルート活動をしましたが、就職難を極めた時代だったせいもあり、就職に失敗。

大学を出てすぐの頃は、無職の就職浪人でした。

良い社会勉強にもなるし、気晴らしにもなるかと思い、とある野党政党のボランティアの募集をネットで見つけ、参加しました。

私が大学時代から住んでいる某県F市の市議会選挙での、野党候補者の選挙活動のボランティアでした。

その候補者は、当時現役だった県議会議員の一人息子。

前回の市議会選挙で初当選して、仕事でも定評を得て、満を持して二期目の当選を狙う気鋭の若手候補者でした。

政治の世界では若手とは言え40歳。私よりずっと年上です。

私は、恋愛も就職も失敗続きで意気消沈しかけていた矢先。

そのボランティア活動で、仕事に励む楽しさを知り、選挙活動中は毎日活発に働きました。

そんな姿を見惚れられてしまったのでしょうか。

まだ独身だったその候補者の方に口説かれてしまいました。

「当選したら、付き合ってくれませんか?」

そう言われてしまったのです。

私は過去にも、何度か異性から口説かれた事はありましたが、このときだけは胸の中でビビビッときました。

私よりかなり年上でしたが、その18歳の年齢差に、むしろ安心感を感じました。

生真面目で明るい、紳士的な人柄。

地元では名の知れていたベテラン県議会議員の一人息子で、まさに秘蔵っ子。

顔もイケメンと言いますか、私にとってはタイプでした。

年齢差なんて関係なく、その一言で恋に落ちた私は、就活も恋活も運がない私なんかで良いのかなぁと思いつつ、OKの返事をしました。

その甲斐あってかは分かりませんが、見事に当選を果たしました。

当然、その後は熱愛が始まります。

謙虚・清純をモットーにしてきた私は、その当時まだ性交渉は未経験でした。

ですが、今度は初めから結婚を視野に入れた熱愛でしたから、いくらガードが堅い私でも、すぐに肉体的に親密な関係へと、自然に流れていきました。

当選から僅か一週間後に婚約。その後、半年ほどの半同棲期間ののち、結婚いたしました。

大きな邸宅で、私と主人、そして当時県議会議員だった義父の三人暮らしの生活が始まりました。

その三人の他に、日中だけですが家政婦の方が一人いました。

杉原杏璃さんをショートヘアにした感じの美人で、とても人当たりが良く優しい性格です。

私は22歳で、未熟ながら専業主婦に。

結婚後に花嫁修業を始めたようなもので、この家政婦の方に色々学ばせてもらいながら、陰で主人の仕事を微力ながらサポートする。そんな日々が始まりました。

いずれ国会議員になる展望を持つ主人は、とにかく多忙でした。

泊まりがけの出張や会議が多く、将来的に衆議院議員になる道を模索していた事もあって、研修や勉強会といった理由で、よく数日家を空けます。

それ故に、主人と一緒に居られる夜の時間は貴重です。

夫婦の夜の営みは大事でした。

主人は、年齢的な事情もあって、早く子供を欲しがっていて、私も子供好きで母親になる事に強い憧れがあり、当然早く産みたくて。

特に義父が、早く初孫を見たがっていて、それはもう矢の催促でした。

実は、婚約してからの話ですが、早く子供が欲しかったため、結婚前からフライング気味に婚前交渉、つまり妊活を始めていました。

主人との初めての性交渉は、私にとって人生初の性交渉だったのですが、その時から受胎するつもりでセックスをしていました。

結婚してからも、夫婦の営みの度に何度も主人の子種を体に植え付けてもらいました。

でも結婚して二年経っても、全く妊娠出来ませんでした。

私は密かに、産婦人科に体の検査をしてもらいましたが、全く異常は見つかりませんでした。

生理は安定していて、ホルモンバランスは正常。

膣内・子宮内の状態も正常。

排卵も正常で、卵子も卵巣も正常。

もちろん、妊娠を阻害するような薬やサプリメント、食事は摂取していません。

排卵の二日前の性交渉なら、妊娠出来る確率は通常25%ですが、私の場合はまだ若く体の状態も完璧で、女性ホルモンが多い体質でもあるため、最低で35%以上の確率で妊娠出来る体だと言われました。

妊娠のし易さでは、稀にしか見られないほどの、異例の高確率だそうです。

二年半もの間、ひたすら膣内射精を受けて、妊娠しないのがおかしいとまで言われたほど、私の生殖機能は正常だったのです。

そんなある日。

深夜の1時頃だったでしょうか。

主人は県外での党の勉強会で家に居ない日でした。一人で寝室にいた私は、喉が乾いて水を飲みにキッチンに向かおうと寝室を出ました。

義父の寝室の前を通りかかったとき、その部屋から、女性の声が聞こえました。

甘い吐息のような、リズミカルな甲高いその声は、その時間にこの家には居ないはずの、家政婦の声でした。

そして時折、義父の唸る声が混ざりました。

家政婦は住み込みではないので、日中しかいないはずなに、この深夜に声が聞こえるのはおかしい。

そう思った私は、気になって、いけないと思いつつ扉を少し空けて覗いてみました。

私は驚きました。

家政婦と義父が、裸で性交していたのです。

ちなみに、家政婦は当時33歳。

未婚ながら一児のシングルマザーでした。

義父はずっと前に離婚してから配偶者がおらず、お互い自由恋愛の範疇に入るとは思いますが…。

なにしろ義父は当時65歳。

寝室にはベッドがありましたが、ベッドではなくカーペットを敷いた床の上で、四つん這いになった家政婦を、後ろから息を弾ませる義父が盛んに腰を振っていました。

まさかレイプかと一瞬思いましたが、違うとすぐ気付きました。

いつも清楚な感じでいた、あの人の良い家政婦が…。

あろうことか恍惚な表情を浮かべていたからです。

その光景を、正面からではなく少し斜めから見ていたので、私が覗いている事に気付いていません。

家政婦は顔を上げていたので、その表情がよく見えました。

普段は綺麗に整っていたショートヘアを振り乱し、黒い髪が汗で肌に貼りついて、真っ赤に染まった顔は、快感からか、目がとろけるように泳いでいました。

今まさに絶頂を迎えんとする状況だわ…。

私も女ゆえ、家政婦の様子から、そう察しがつきました。

家政婦の子は女の子で、当時3歳になったばかり。母子二人きりで暮らしていると聞いてました。

まさか、幼子を一人自宅に置いて、快楽に夢中でいるのかしら…?と思いながら見ていると、義父が喋り出しました。

そのときの言葉に、私は耳を疑いました。

「また俺の子を産む気になってくれて嬉しいよ。」

その言葉を聞いて、えっ!?と思わずにはいられません。

つまり、この家政婦が産んだ子の父親は、義父だったのです。

義父は、結婚歴も無い家政婦と体の契りを交わして、子供まで産ませていたのです。

「お前が自ら望んだ種付けだ。今日はこのまま中で出してやる。」

義父がそう言うと、家政婦は

「中に…ください」

と、快感に浸りきった表情を浮かべて呟きました。もう瞳は半分白目を剥いていました。

「そうかそうか、また俺の子を産みたいか。よおし、良い娘だ。妾だろうが誰だろうが、女は子を産める奴に限る。そら、種付けだ!」


新着体験談 体験談投稿 新着写メ 写メ投稿

他サイト新着記事

人気体験談ランキング(月間)

こちらの体験談の評価をお願いいたします

上へ

アクセスランキング