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【貴重な経験】ヤクザの宴会コンパニオンみたいなアルバイトをした事がある

名無しさんからの投稿
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今から20年程前の話です。

私はまだ未◯年者ギリギリで、あまり怖いものも無く、ただ海外旅行とかブランド品など遊びに目が向いていた頃の事です。

会社勤めで事務員をしていましたが、独り暮らしで生活するだけでいっぱいいっぱいの給料でした。

それでも、衣服や靴、バッグなど見栄を張りたい方だったし、私が住んでいた地方は海岸と山間に挟まれたような土地柄で、地方向けの鉄道などの公共交通機関は発達しておらず、もちろん地下鉄など1本もなく、必然的に自家用車、バイク、自転車が交通手段でした。

公営バスはありましたが、JRの主要駅から各方面に行き来する循環系の路線ばかりでしたので、利用するならまずは自宅近くの停留所から駅に向かうバスに乗り、駅前のバスターミナルで目的地方面に向かうバスに乗り換えなければなりません。

通勤の都合もあり、マイカーを利用する人も多く私もその1人でした。

マイカーのローンもあって家賃もあり、出ていくお金と入ってくる給料のバランスは甚だしく悪化していました。

夏のボーナスは遊びを優先して消えてしまい、冬のボーナスまで毎月赤字を覚悟で臨まなければなりませんが、冬のボーナスまで赤字が累積して悲惨な状態。

何か臨時収入が無ければ赤字を補填できず、やっていけないのでした。

私みたいな隠れ貧乏の見本みたいな子は何人か居ましたが、基本的に家族と一緒に住んでいる子は何かと助けて貰えるようですが、私は私自身が稼がなきゃならないので、分かりやすく「やるしかない」のです・・・。

とは言うものの何に掛ければ良いのだろう?

お水系でも衣装とか装飾品に元手が掛かるし、そんなお金も無いし、呑むのも好きじゃ無いし、顔見知りだし、夜は遊びたいから毎夜の仕事は嫌だし、あぁ・・・と思ってました。

根本的に怠け者なんです。

そんなある日、貧乏仲間のエリが半信半疑な美味いバイトを探しだしてきた。

「普段着でいい。ある仕事仲間の親睦会を兼ねた観光旅行に付き添うだけ。1泊2日の始まりから終わりまで拘束されて10万円。1日目の夜は宴会があるからちょっと長いけど、宴会が終われば解放される。もちろん旅費も食事代も宿泊費も向こう持ち。年配者が多くて筋を通す人ばかりだから、もしかしたらお小遣いくらい貰えるかも」

って夢みたいな話。

私は、二つ返事で了承した。

何でも「5人でも10人でもいい。華やかで賑わってくれれば」みたいな感じで、電話して少し話しただけで面接なく内定。

5日前には

「バイト代、少し色を付けさせて貰いました」

と連絡があり、口座に20万円が入金されていた。

振り込んだ会社名なのか親睦団体名なのか「◎○×会執行部」と通帳には印字されていた。

当時の私に「20万円」という金額は大金でもあり、降って湧いたようなアブク銭のようでもあり、特に「色をつけた」と言われる10万円は元々予定に無い収入だと思ったら使うのに何も躊躇いも無く、ほんの3時間ほどの買い物で消えてしまったけど、後悔もナニも無かった。

当日、駅前に観光バスが迎えに来ているから、そのバスに乗る所から私たちの仕事が始まる。

エリを待ちながら、その「◎○×会ご一行様」とプレートがフロントの窓ガラスの上に掲げられたバスの横に立っているだけだったのです。

見ると関係者らしき中年から初老、老年といった人生のベテラン達が次第にバスの周辺に集まり始めましたが、年齢に関係無く、皆さん短髪で透光率が高くないサングラスやテレビ番組の大門軍団や黒岩軍団みたいな、いかにもって感じのサングラスを付けたダークスーツの人たちが集まりました。

目を合わせないように探ってみると、年功序列を形にするとこうなるんだな・・・と思えるような景色でした。

私が「中年」と見た人たちは「初老から老年」の人たちの付き人みたいに着かず離れず傍にいました。

時々、「お疲れさまです」とか「ご苦労さまです」と大きな低い滑舌の良い声で、他の「初老から老年」の先輩らしき人に挨拶し、また、その「初老から老年」の人に着いていた「中年」の人たちも同じように挨拶を返していました。

私は、大学か何かの運動部か何かの集いだと思って

「いくつになっても礼儀を重んじて気持ちいいなぁ・・・」

なんて思ってました。

いよいよエリも来てバスに乗り込むと、総勢約30名余りの大門軍団と不釣り合いなキャピキャピギャル6名に運転手さんとバスガイドさん。

バスガイドさんの説明によれば、補助席を含めれば70人以上を乗車可能なバスを46人乗りにして1つ1つの席を広くし、ある程度のプライバシーを守りつつ互いの交流を妨げない配慮がされている観光バスとのこと。

運行予定では、休憩は大体2時間を越えない程度にSA、PAを基本にバスを停めるそう・・・。

但し、どなたか1人でも緊急な用件を御持ちになられた場合は臨時休憩、停車もありますとのこと。

なんか、バスガイドさんも緊張してるみたいで和やかな雰囲気は狭い範囲でローカルに感じるだけでした。

ガイドさんの挨拶が終わったら、続いて幹事さんのご挨拶、ガイドさんの「挨拶」と比べて幹事さんのは確かに「御挨拶」と「御」の字を付けなきゃ礼を失すると思えるような難しい言葉を連ね流れるような綺麗なイントネーションで行われました。

「御一同様」とか「皆々様」とか「家族」「兄弟」「身内」とか親族系の言葉が多く使われ、時には座席からも「その通りっ!」とか「よっ良いぞっ!」とか声が掛かりました。

「では、僭越ながらバスの車中での乾杯の音頭を、私、三代目○○会総長を名乗らせて戴いておりますが、何せ若輩者ですよって失礼が御座いましたら何卒お許し下さいますようお願い申しあげます。では、四代目○×組傘下の皆々様の今後の御発展と御健康を御祈りして、乾杯っ!」

みたいな口上で音頭を取りました。

「みたいな・・・」という部分は、この口上を聞いて「本物じゃんかぁ〜」と私が気付いてしまって怖じ気づき、ちゃんと聞いていたはずなのに、頭に記憶されていなくて正確に記述できないからです。

でも、私が記述した以上に丁寧な言葉でありながら迫力のある口上だったのは間違いありません。

乾杯の音頭により、それこそ皆々様が休む事なく一息にグラスの中の日本酒やウィスキー、ブランデーなどが飲み干され、歓声と拍手が暫く続きました。

私はチビチビ飲めばいいや・・・と思って、ウィスキーの水割りを手にしていましたが

「乾杯の音頭の時は途切れる事なく飲み干さなければならない」

と直前に一人の「付き人」さんが教えてくれたので、飲み終えたのは拍手の最中(さなか)でした。

うげぇっ、朝から食べずにアルコールイッキとはキツい・・・と実感した次第です。

その後は、「付き人」さんが他の「先輩たち」に酒を注いで回りながら改めて挨拶をしていましたが、聞くとは無しに耳に入ってくるのは「付き人」位に思っていた彼らが「若頭」とか名乗っていて重責に着いている人らしくて、週刊×代とかに記事として良く見る、そういう人種かと思い身震いがしました。

でも、そういう類いの緊張感は長く続きませんでした。

空きっ腹に水割りとは言え、ウィスキーを呑み、その後で場のタイミングを見ながらお酌しに行けば必ず「御返杯」で呑まされて・・・の繰返しで酔わされてしまいました。

ちなみに、相手方が呑んでいるものをお酌しますが、「御返杯」は同じもので返されますので相手は同じものを呑み続けますが、私はお酌する相手方が違うものを呑んでいれば、私も同じものを呑みますので必然的にチャンポン・ハイペースとなり、秋口とは言え良い天気の下、窓ガラスの広いバスの中、アルコールに暑さと人の熱気などで酔いも一気に回りました。

「なんや、もう酔ったんか?可愛いやぁ若い子は」

などとからかわれながらも更に勧められるお酒を断る事も出来ずにいました。

周りを見ると、バイトの女の子は全員酔って大変な事態になる寸前でした。

軍団の皆さんも暑さで酔いも回り、ダークスーツを脱ぎ始めていました。

地味な色使いながらビシッとして凛々しかった姿が肌も露わになり、色とりどりで芸術的な綺麗な図柄を披露していました。

女の子は8人くらい居たように思います。

みんな言われるままに普段着に少しお洒落をしたくらいの格好ですし、残暑くらいの気候でしたので、露出度の高い服装でした。

薄い生地のヒラヒラしたフレアーのミニスカートだったり、ノースリーブのダボッとしたトップだったり。

酔いもあったし揺れるバスの中、お酌しに歩き廻ったりして、着衣の乱れもソコソコでした。

世間的には間違いなく「セクハラ」だと思われるやり取りもあり、気持ち的には「もう、どうにでもして」っ感じでした。

多分みんなそうじゃないかな・・・。

でも、気がついた事があるんです。

酔い過ぎるとお酒も水のように飲めるんですね。

暑いし、なんだかんだと言ってもお酒を飲んでしまいます。

お酒を飲めば、目の前に龍がトグロを巻いていようが千手観音が佇んでいようが風景の一部にしか見えませんし、若頭とかいう立場の方たちもちょうど私の父親と一緒くらいか少し若いくらいのにこやかなオッサンにしか見えません。

お酒の力を借りているわけですが、もう怖いものはありませんでした。

しばらくして、バスはとあるSAに入りました。

時計を見ると、駅前でバスに乗り込んでから、1時間半程しか経っていませんでした。

そんな時間で私たちは殆ど出来上がっていました。

私たち女の子は、覚束ない足取りでトイレに向かいました。

観光シーズンの入りたてみたいな時期でしたので、SAには他県ナンバーの観光バスも多く、私たちのバスの後からも何台も観光バスが入っていました。

当然女性客も多く、また酔っている人は皆無でしたので足取り軽くトイレに向かって行きました。

私たちがトイレに着くと長蛇の列が出来ていました。

不思議なもので、酔いとは全く関係なく、催していなくてもトイレに並んでいると催してくるものなんですね、私も経験ありますが。

我慢できなくなっても順番を譲ってくれるような女性はいません。

みんな、涼しげな顔をして必死に我慢しながら順番を待っているのです。

知る人ぞ知る・・・ですが、女の子は一度出かかったオシッコを止める事が出来ません。

中からオシッコの圧力で尿道が開いたら、もう尿道を自らの意思で閉じるという事は出来ません。

中には自分の意思で尿道を閉じて、漏らさない女性もいるのかも知れませんが、私には出来ません。

トイレの前の長蛇の列を見て、「間に合わない事実」を悟った私は座りションを考えました。

トイレの横から裏に回りましたが、木々は綺麗に剪定され、地面も綺麗に掃除されていました。

座りションしたとして、これだけ観光バスが駐車していて乗客が女性だけ・・・って事はありません。

見た人は少なくとも写メされたりあからさまにデジカメやビデオで撮影され、サイトなんかに流されて知り合いに見られたら、マジ生きていれません。(そんな事ないかな?)

どーしよ・・・と青い顔してたら、若頭が声を掛けてくれました。

私は

「我慢できない。漏れそう。トイレの裏で座ろうかと考えてた」

と恥じらいもなく言いました。

「そりゃいかん。みんなに見られてしまう。男のトイレに行け。わしが付いてくさかい」

と言ってくれて、私たち3人は男子トイレの個室に入り、用を足しました。

私たちが男子トイレの中から出てくるのを見た長蛇の列を構成していた女性の何割かは男子トイレに殺到しました。

それでも我慢できない女性は、トイレの裏にしゃがんで済ませてたので、トイレの裏には臭いのキツい水溜まりが出来ました。

私は惨めな思いをしなくて済みました。

女子トイレで間に合ったエリたちが言うには

「女子トイレには、ペーパーが無かった」

そうです。

私たちは若頭にお礼を言いつつ早々にトイレの前から逃げるように立ち去りました。

バスに戻ると、緊張感が抜けたせいか脱力感を覚え、酔いが戻って来ました。

半分意識が遠退いて皆の声が遠くに聞こえていました。

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